By 渡邊 草太
Updated on May 06, 2019, 7:00 AM

MakerDAOは日本市場にチャンスを見出せるか

はじめに

MakerDAOのDaiがメインネットにローンチしてから1年と4ヶ月が過ぎた。これまでCDP(DAIを発行するためにETHがデポジットされているスマートコントラクト)を用いて発行されてきたDaiの総額は、執筆時点で$87M(約100億円)に上る。


そしてDaiホルダーの数は2万に達しており、ETHの総発行額のうち2%がCDPにロックされている。


※MakerDAOはDaiを発行・管理するDAO(自立分散型組織)であり、CDPにまつわるパラメータの調整をガバナンスを通して分散的に行おうとしている。


(source: https://mkr.tools/tokens/dai)


そしてDaiはDeFi(分散型金融)の核となるステーブルコインでもある。2018年後半から加速したこのムーブメントも、Daiがなければここまで大きくはならなかっただろう。


下記画像は、bloqboardが2018年のレンディング・プロトコルの動向を数字ベースで解説したレポートだ。DAIがDeFiのレンディング・プロトコルでどれだけ利用されているかは、これらのデータを見ればすぐに理解できる。



<DeFiのレンディング・プロトコルにおけるDAIの利用度合①>


<DeFiのレンディング・プロトコルにおけるDAIの利用度合②>

(source: https://bloqboard.com/research/digital-asset-lending-open-protocols-q1-2019)


DeFiのレンディング・プロトコルのなかで、Borrow及びLendどちらのケースにおいても、DAIの利用率はWETH(Wrapped Ether)に次いでナンバー2となっている。レンディング・プロトコルで実際にユーザーの心を掴んでいるということは、Daiの価格が利用に問題ないレベルで安定している事実を表している。


2019年の末ごろには、既にWETHを追い抜いている可能性すらある。2019年も含めた以下のデータを見れば、その根拠が分かる。ETHの価格下落という要因があったのはいうまでもないが、Compound、Dharma、dydxのどのプロトコルにおいても、2019年3月にはDAIがWETHの利用総額を上回っている。



<Compound上のBorrowアセット>



<Dharma上のBorrowアセット>


<dYdX上のBorrowアセット>


参照:https://bloqboard.com/research/digital-asset-lending-open-protocols-q1-2019



法定通貨担保型のステーブルコインとは異なり、DAIの分散性の高さはDeFiの利点と親和性が高い。またその他の仮想通貨担保型ステーブルコインにもDAIほどのの安定性・分散性を持つステーブルコインが存在しないことから、現段階ではDeFiエコシステムの中で絶対的なポジションを築くことができているようだ。


MakerDAO・DAIの懸念


しかし一方で、ここ最近のDaiはいくつかの問題を抱えている。一つは、現状の単一担保のモデルから、担保資産の複数化を行う(Multi-Collateral-Dai)アップデートに大きな遅延が出ているというものだ。そして二つ目に、CDPからDaiを借り入れする際の手数料であるStability Feeが異常に高騰しているというポイントだ。


MCD(Multi-Collateral-Dai)へのアップデートは当初、2018年の夏に行われる予定だった。しかしメインネットへのローンチはまだ実施されていない。現在、KovanテストネットワークでMCDを試すことは可能だが、アップデートの詳細な日にちは明かされていない。


そしてMCDのシステムの複雑さから、その構造自体に疑問を投げかける人も少なくない。アップデートを焦る必要性はないが、進捗の遅れには若干の不安感を抱かずにいられない。


以上のMCDの懸念点について、MakerDAOのJapan Community Leadを務めるキャサリン・チュウ氏は「MCDへの移行が遅れている最も大きな理由は、自律的システムであるMCDのセキュリティを向上させるため」だという。


つまり、一度デプロイされたMCDコントラクトは変更が不可能なため、メインネット移行後にコントラクトが正しく動作するかについて、最大限の仮説検証を行わなければならないということだ。


そのため、Makerは現在MCDをテストネットにローンチし、コミュニティによるフィードバックを集めている。メインネットの期日は数ヶ月以内に公表する予定であり、テストネットのフィードバック次第だという。


そして二つ目に、ここ数週間のStability Feeの変動についての懸念がある。Stability FeeはいわばDAIを発行するために必要な手数料だ。このパーセンテージは、MKRホルダーの投票によって決定される。


驚くことに、MakerDAOは2月の中旬から現在までで、Stability Feeを8回も変更している。しかも5回の変更は全て引き上げで、現在の数値は19.5%という、過去の数値と比べる異常に高い値になっている。この引き上げは、Daiの市場価格が長らく$1を下回り続けていることが原因だ。


●最近のStability Fee変更

・2月10日:0.5%から1%への増加

・2月24日:1.5%

・3月10日:3.5%

・3月24日:7.5%

・4月15日:11.5%

・4月19日:14.5%

・4月28日:16.5%

・5月3日:19.5%






<Stability Fee/3ヶ月>

(source: https://mkr.tools/governance/stabilityfee)


<DAI価格/3ヶ月間>

(source: https://stablecoinindex.com/)


しかし、11.5%への移行後にもかかわらず、平均的なDAIの価格は1ドル未満であり続けている。Stability Feeの連続的な引き上げは、DAIのボラティリティにも悪影響を及ぼしていることが分かる。では、なぜDAIの価格は1ドル以上にならないのだろうか。


この課題に対しても、直接チュウ氏の意見を伺った。チュウ氏によると、Makerチームの中の総意としては「DAIの価格がStability Feeを上昇させても1ドルを超えない問題には、ここ1~2ヶ月のETH価格の上昇が大きく関与している」という。


「下記のデータは、ここ数週間のETHとDAIの価格を並べたものですが、負の相関を読み取ることができます。問題の原因のうちの一つに、ETHホルダーがETHの上昇時にCDPを作成又はそれを繰り返し、ロング・ポジションをとることでDAIの供給量を増加させている、DAIの価格に影響を及ぼしているのではないかと考えられます。」


                                 

(source: https://vic007207.github.io/crypto_data/)


上述した意見は以前Makerのガバナンスミーティングで言及されたものだという。Stability Feeのメカニズムを理解するのは初心者にとっては非常に難しいが、簡単にいうと、ETH価格が上がるとDAIがより多く発行され、DAIの市場供給が増加することで、価格が下落してしまっている(その逆も然り)ということだ。


その度にMakerDAOはStability Feeを上昇させているが、効果は限定的なものとなっており、現在までこの状態が続いているようだ。


以上2点が、現在MakerDAOが抱えている主要な問題点だ。Stability Feeの引き上げは、今後もETHの価格が上がれば引き続き上昇するだろう。常態化すれば、ステーブルコインとしてのDAIの価値が危ぶまれるだろう。


ただし、Makerチームはどちらの問題に対しても、肯定的に捉えているようだ。なぜなら彼らはDAIというステーブルコインの実装が一つの実験であり、これらの問題は長い長いチャレンジのうちの一つのプロセスだと考えているからだ。


Makerは日本市場をどう捉えているのか


チュウ氏は今年3月から日本のコミュニティリードとして活動し始めている。チュウ氏がコミュニティ・リードにアサインされた理由は、DAIは世界中で利用される通貨にするために、世界中にMakerDAOのコミュニティを作る必要があるからだという。


同氏によればMakerは日本において、まず3つのことにフォーカスしていくという。「一つ目は、Makerの日本コミュニティを拡大することです。MakerDAOは日本の仮想通貨やステーブルコインをよく知らない人々まで認知を広げ、教育を行いたいと考えています。


二つ目は規制・コンプライアンスの課題についてです。DAIは現在グローバルにパーミッションレスな通貨でなくてはならないため、規制に準拠できるよう最善を尽くしたいと考えています。三つ目に、Makerと共にDAIのアダプションに貢献してくれるパートナーを探しています。」


チュウ氏の活動はまだ始まったばかりだが、日本でDAIのような分散的なステーブルコインが利用される未来がもしあるのであれば、それは非常に楽しみだ。


ちなみに、日本では競合となるステーブルコインの開発を試みるプロジェクトはLCNEMGMOなどのようにいくつか存在する。だがDAIのように仮想通貨担保型のモデルが検討されているという情報はまだない。


ステーブルコインが実用フェーズに入った場合の話だが、両者はお互いの長所・短所を補い合うことで、上手く共存していく可能性も考えられる。


日本の暗号通貨業界の人々はMakerDAO・Daiをどう捉えているのか


ここまで述べてきたような議論を踏まえた上で、日本の人々は、現在MakerDAOとDAIに対してどのような考えを持っているのか、インタビューを行なった。

Neutrino, DeFi Japan 服部氏


Omisegoが運営する渋谷のブロックチェーン特化コワーキングスペース”Neutrino”のコミュニティーマネージャーであり、DeFi Japanの運営メンバーでもある服部摩耶斗氏は、MakerDAOのガバナンスが現段階では十分に分散化されていないという点について指摘している。


例えば、Stability Feeの決定を行うためのガバナンス投票に対し、「短期間でなんども行われる投票に対し、全てのユーザーが十分な情報を追って、議論に参加し意思決定するのは非常に難しい」と述べている。



実際、前回行われたStability Fee引き上げを問うガバナンス投票の投票率は1%未満に止まっている。そしてMakerの投票モデルは1MKR=1票だが、一つのアドレスが半分以上の意思決定権を行使してしまっている点もまた問題である。


以下画像はStability Feeを11.5%に引き上げた際に行われた投票の内訳である。


                                   

                  (source:https://www.reddit.com/r/mkrgov/comments/bd9r23/executive_vote_results_raise_the_stability_fee_by/)


分散的な意思決定を目指すのであれば、このような状況は集権化の事例として批判的に捉えて良いだろう。

Cryptoeconomics Lab 落合氏


そして、Cryptoeconomics Lab CTOである落合渉悟氏は主にDAIに対する日本の規制に関して懸念を抱いており、「日本では価格決定要因に例えば0.01%でも他の金融商品がまざると証券判定なのでソフトペグのステーブルコインは現状厳しい」と述べている。


DAIはMulti-Collateral-DAIという複数担保へのシステムへ移行後、セキュリティートークンを担保資産として受け入れるとしている。確かに、DAIが証券法の枠組みに押し込められた場合、一般ユーザーが日常的にDAIを扱うのは難しくなるだろう。


そして一方でDAIが仮想通貨として考えられた場合にも、法定通貨とDAIの交換を行うためには交換業のライセンスが必須になるという障壁もある。開発者にとって、規制面での難題は少なくないようだ。


しかし、落合氏は”DAIが2018年を生き延びた”という事実や、ヨーロッパの大手証券取引所が運営する仮想通貨取引所「GBX」にDAIが上場していることなどを踏まえ、これまでのDAIの躍進ぶりについては大きく評価しており、その証拠に、自社プロダクトの実装にDAIを一部活用している。


Cryptoeconomics Labは先日、オーストラリアで開催されたEthereumコミュニティのカンファレンスであるEDCONにて、自社で開発するPlasma Chamber(Etheruemのスケーリング技術)を活用した、DAIの決済アプリケーションのデモを披露した。


https://youtu.be/UYTzGTZ5Wmw


この事例は、日本におけるDAIを用いたプロダクトの先駆けと言えるだろう。


DAIとPlasma Chamberとの相性について、落合氏は「Plasmaがnon-custodialかつ送金性能が高いPlasmaをDAIに適応させることでトラストレスな銀行業+決済事業が可能になる。その消費者保護能力と利便性から既存金融をひっくり返すポテンシャルを感じている。」と述べている。


具体的には「自国通貨のボラティリティが低い地域の決済手段として現地の人々や旅行者に利用してもらえる可能性があり、両替概念を排除できる可能性がある」と考えているという。


実際に、DeFiというムーブメントは”Unbanked”と呼ばれる人々に対する金融包摂の一手段として期待されている。DeFiがエコシステムとしてそのような市場に必要とされていった場合に、Ethereum自体のスケーリングソリューションは不可欠だ。


上記で落合氏が述べた例は、アフリカや中南米の経済の課題に対しDAIが有効である可能性を示してくれた。しかしもちろん、日本や米国のような先進国でも、DAIを活用できるポイントは存在するはずだ。


Makerのパートナーシップを見ると、グローバルなサプライチェーンや旅行サービス、レンディングなどのサービスを手がける企業で提携を結び、実用化を試みていることが伺える。


MakerDAOとDAIの今後


ここまで、MakerDAOやDAIの躍進と、現状の課題を整理してきたが、当プロジェクトがここ1年で大きく躍進し、DAIがEthereumの金融エコシステムの中でも大きな影響力を持つようになっていることがわかった。


一方で、技術的・法的な課題も山積している。現在はシビアな状況だと言って間違いない。ソーシャルメディアにはMakerDAOのシステムに対する批判もしばしば見受けられ、ここ1ヶ月でMKRの価格も10%以上下落している。


しかし、Multi-Collateral-Daiへのアップデートでは、上述してきた課題に対する様々な変更と改善が行われる。今後のMakerDAOの発展は、MCDによるところが大きいだろう。

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