By Charlie Custer
Updated on October 04, 2019, 12:05 PM

ビットコインは果たして失敗作か?

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10年以上前にサトシ・ナカモトがビットコイン(BTC)のホワイトペーパーを発表して以降、ナカモトの創作物はまごうことなく地上で最も有力な暗号資産となった。その模倣や複製が山ほど生まれたものの、BTCは次点の競合通貨と比べても倍近くの1日あたり取引量を誇り、その他のアルトコインを遥か後方に引き離すパフォーマンスを見せている。多くの基準において、BTCは大変な成功を収めていると言えるのだ。

 

しかしその反面、ナカモトがBTCに対して掲げてきたビジョンはほとんど実現されていない。ホワイトペーパーでは、BTCは「電子キャッシュ(Electronic Cash)」と表現されている。ナカモトはBTCのシステムを「インターネット上の商取引」に内在する問題に対処可能な「電子決済」システムと呼んだ。

 

実際のところ、今日のBTCは「電子キャッシュ」とはほど遠い。(というのも結局のところキャッシュはどこでも使える代物だからだ)。そして、BTCは明らかに商取引ではなく投機目的で利用されている。例えば、分析会社のChainalysisは2018 年6月におよそ6,900万ドル相当のBTCが各種eペイメントサービスを通じて利用されたと推定している。この金額を同月のBTC総取引量1,250億ドル超と比較してみれば明らかだ。

 

その後の一年でも大きな変化はない。BTCの最も熱心な支持者らですら、オンライン上の買い物客の大半が買い物の際に「ビタ1サトシ(“ビタ一文”とBTCの単位satoshiをかけたLongHashの造語)」にすら手をつけていないという事実に反論できないだろう。BTCがeコマースに及ぼしている影響は取るに足らないほどのものなのだ。

 

その代わり、BTCはテクノロジーに精通した投資家らにとっての投機目的の投資やヘッジ先として従来の金融システムの外に資金を逗留するためのものとして機能している。この事実はBTCの熱狂的なファンに見られる発言の変遷にも現れている。BTCの大規模コミュニティとしては最も古参のBtcointalk.orgで、「ストアオブバリュー(価値の保存)」というフレーズは2013年以前にはたった5回しか出現せず、同フォーラム発足直後の2年である2009年から2010年にかけては1回も見られなかった。2019年に入ってからは70以上のスレッドで登場している。

 

(もちろん、「ストアオブバリュー」への言及が増えたのはBTCへの一般的な関心が増しているためとも言えるが、初期の頃にはそもそもBTCを「ストアオブバリュー」と見なす人自体少なかったことは指摘しておきたい)

 

 

取引所の裏切り?

 

無論、問題の一部はBTCというよりその周辺に現れたインフラや法制度の方にある。

 

ホワイトペーパーの中で、ナカモトは従来のeペイメントシステムが持ついくつかの具体的な問題について指摘した。例えば取引手数料の高さや、顧客情報を事業者が信頼ベースの取引を通じて収集する必要があることなどだ。BTCの技術はこうした問題に対応した。取引手数料については過去から現在に至るまで多少の変動はあったものの、現時点ではユーザーがPayPalやVenmoといったデジタル取引に支払っているものと比べはるかに手頃になっている。また、BTCはトラストレス(管理者による承認を必要としない)であるため、取引にあたって購入者情報を収集する必要がない一方、支払いがきちんとなされたことには確信を持つことができる。

 

問題は、BTCの実際の利用場面のほとんどで、技術的には必要とされない煩雑な手続きがユーザーエクスペリエンスの面で多数発生してしまうということだ。

 

例えばこんな例を想像してみて欲しい。私がBTCを利用して何かを売るとしよう。取引は瞬時に完了し、そのコストはゼロだ。しかし、住宅ローンをBTCで支払うことはできない —いまいましい 銀行め!— というわけで、私は自分に対して支払われたBTCを法定通貨で引き出さなければならない。通常、このためには口座を開設し、取引所を通じて資金を引き出さねばならず、そのためには第三者機関に大量の個人情報を提供しなければならない。また引き出し手数料など何らかのサービス料が発生する可能性もあり、おまけに銀行口座からの引き出し処理が完了するまでに少なくとも1、2日はかかるだろう。

 

これらの問題点はBTCの技術的な欠陥とは一切無関係だが、従来の決済システムによる取引の手間からユーザーを解放できるほどBTCがユビキタスな存在になっていないことの証左でもある。

 

そして、BTC自体は分散型で規制されづらいものの、平均的なユーザーの購買エクスペリエンスにおける利便性を考えれば、トークンは基本的に取引所を通じてやり取りされる必要がある。その面でも、BTCは初期ビジョンを実現できたと言えないだろう。BTCの送受金は自由に行えても、実際にBTCを使いたいとなった時には、一般的には取引所か民間の暗号資産決済サービスを通じて法定通貨に換金せねばならない。そしてこうしたサービスは従来の金融サービス同様に規制され、中央集権的なままなのだ。

 

BTCが投機的投資に有用であることがわかり、BTCファンの多くは「機関投資家の資金」の大量流入に期待している。当初、従来型の金融機関から人々を解放する可能性を秘めたものとしてBTCを支持していたにも拘らずだ。

 

もちろん、ナカモトがホワイトペーパーを世に出してから10年以上が経過しているにも拘らず、BTCが未だ発展途上であることは指摘すべきことだ。例えば、世界で初めてeメールが送信されてから20年経ってようやく人々はインターネットについて耳にするようになった。携帯電話が発明されたのは1970年代後期だが、先進国においてすら2000年を過ぎるまで普及しなかった。

 

BTCが未だナカモトの理想に届いていないことは、BTCが恒久的に失敗に終わることを示しているわけではない。しかし、この通貨が当初のビジョンを達成し、「デジタルゴールド」を超える何かになると期待しているのであれば、まだまだ先は長いと認識しておいたほうが良さそうだ。

 

本記事は意見記事であり、筆者の意見のみを反映するものです。

 


(英語版:https://www.longhash.com/news/is-bitcoin-a-failure



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